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太宰治の女性関係(遍歴)年表
主な参考文献
https://www.city.mitaka.lg.jp/dazai/dazaitomitaka/nenpu.html
https://www.city.mitaka.lg.jp/dazai/index.html
太宰治は「女」というキーワードとのゆかりが深い人物で
情報が整理できていないと太宰治関連の本を読んだり、映画をみても混乱する可能性があります。
そこで予備知識として女性関係/遍歴を年表形式でまとめました
女性遍歴のほか、数回の自殺未遂にもつながる
- 人との出会い
- 人生の中の挫折
- 当時の精神状態
| 年 |
出来事 |
出来事 (それ以外) |
| 1909年 | 津島修治 (太宰治) 青森で誕生 |
|
| 1923年 | 井伏鱒二の存在を知る |
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| 1927年 | 芥川龍之介の自殺に ショックを受ける |
|
1928年 |
芸妓の紅子 (小山初代) と親しくなる |
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1929年 |
[一度目の自殺未遂] 12月 カルモチン服用で 自死を図る (未遂に終わる) *のちに 石原美知子 の紹介役となる 井伏鱒二と出会う |
|
1930年 |
9月 小山初代を 上京させる 11月 津島家除籍を条件に 初代との結婚が 認められる 11月 [二度目の自殺未遂] 初代との結婚が 認められた直後、 知り合ったばかりの 銀座のカフェ店員 田部シメ子と 鎌倉で入水自殺を図る (シメ子だけ死亡) |
4月 上京して東京帝大(現東大) の仏文科に入学 5月 のちに石原美知子 の紹介役となる 井伏鱒二と出会う |
1931年 1度目の結婚 |
2月、 初代との新婚生活 がスタート |
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1933年 |
作家として "太宰治"を名乗り出す |
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1935年 |
3月 東京帝大落第 [三度目の自殺未遂] 落第直後、 鎌倉にて単独の 首つり自殺を図る (縄が切れて失敗) *急性虫垂炎手術後、 幹部鎮痛目的で ハピナール服用を開始 8月 第一回芥川賞受賞ならず |
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1936年 |
秋に再入院している中、 妻・初代が不倫 (ショックを受ける) |
2月 ハピナール 中毒治療のため入院 |
| 1937年 離婚 |
[四度目の自殺未遂] 3月、自身を裏切った 妻・初代と心中を図る (失敗) 6月 小山初代と離別 |
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1938年 |
井部鱒二の紹介で 甲府の女教師 石原美知子とお見合い (一発で再婚を決める) |
9月 井伏鱒二を訪ね 河口湖の天下茶屋に向かう その後、寒い河口湖から 美知子の故郷・甲府に移動 |
1939年 2度目の結婚 三鷹転居 |
1月、 石原美知子と結婚 (甲府での新婚生活) *井伏鱒二に妻を幸せに する事を固く誓う |
短い甲府生活を経て 9月に東京・三鷹へ転居 (誘惑の多い東京転居が 破滅に繋がっていく) |
1940年 |
代表作 「走れメロス」発表 |
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| 1941年 太田静子と出会う |
9月 のちの愛人・太田静子が 友人と共に太宰宅を訪問 |
妻・美知子との間に 長女が誕生 |
1944年 |
妻・美知子との間に 第二子(長男)誕生 *前妻・小山初代 32歳で死去 |
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1945年 |
3月、 妻と子供達を甲府に 疎開させる。 4月には太宰自身も 甲府に疎開するが 石原家が全焼し 今度は一家全員で 青森の生家に移動 |
|
1946年 青森から 三鷹に戻る |
11月 長い疎開生活を経て 一家で三鷹に戻る (その後、三鷹で 仕事部屋を借りた) |
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1947年 女性絡みで たくさんの出来事 富江との出会い 本妻と愛人 両方の子が誕生 |
2月、 小田原の山荘まで 太田静子を訪ねる (静子から "あなたの子が欲しい" と告げられる) 3月、屋台のうどん屋で 山崎富江と出会う 5月 「死ぬ気で恋愛してみないか」 という誘いのもと 山崎富江と交際開始 6月頃、 山崎富江、 別の愛人・静子の妊娠を知る (富江、静子に嫉妬) 7月頃、 富江は太宰から 「僕と死んでほしい」 と言われる (正妻でも静子でもなく 自身を選んでくれた事を喜ぶ) 9月 山崎富江の部屋で 仕事をするようになる 11月 愛人・太田静子 との間に女児誕生 |
3月 妻・美知子との間に 第三子(次女)誕生 6月、 太田静子が ヒロインのモデル となっている 「斜陽」発表 |
1948年 富江と心中 (第4の女の影) |
富江のサポートを 受けながら 「人間失格」を 執筆 6月、 第二の愛人 山崎富江と心中 (心中の直前、 太宰は富江と別れようとし していたという説もあるため 詳しいいきさつは不明) [補足] 富江の5月の日記によると 当時富江は20代後半 だったが太宰から 女子大学に通う女に恋をした と告げられていた (ただし、この女子大生が 実在したかは不明) 太宰が富江と別れるために 作りだした架空の人物 という説もあり |
山崎富江との ゆかりが深い 「人間失格」発表 |
1982年 |
第一の愛人・太田静子死去 | |
| 1997年 | 本妻・美知子氏去 |
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