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閑院宮家の家系図(世襲親王家)
江戸時代に幕府主導で創設されたのち、
"皇統存続"という意味で大きな役割を果たした世襲親王家
「閑院宮(かんいんのみや)」
の家系情報を簡単でわかりやすく紹介。
(1710-1947年まで237年続いた)
現在の天皇家はこちらの閑院宮の直系子孫。
参考文献
https://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/579897/1-20150228163516.pdf
閑院宮家関連映像(文章読むのが苦手な人向け)
閑院宮家の各世代の主要人物をわかりやすく紹介
初代の父母世代
第113天皇 東山天皇 在位: 1687-1709 |
第112代・霊元天皇の息子。 1675年生まれ。 数え年13歳で即位。 1709年死去。 |
1代目世代
閑院宮初代 直仁親王 |
1704年生まれ。 第113代・東山天皇の第6皇子。 中御門天皇の弟。 皇統維持のため、 幕府が新しい世襲親王家が必要と考えていた中、 幕臣・新井白石主導で1710年に「閑院宮家」が創設され、 その初代当主(初代閑院宮)に |
第114代 中御門天皇 在位: 1709-1735 |
1702年生まれ。 第113代・東山天皇の第5皇子。 |
2代目世代
閑院宮2代目 典仁親王 (すけひとしんのう) |
初代・直仁親王の息子。 そして第119代光格天皇の父。 1733年生まれ。 1742年に伯父・中御門天皇の養子(猶子)扱いとなり、 翌1743年に親王宣下を受ける。 |
3代目世代
閑院宮3代目 美仁親王 (はるひとしんのう) |
典仁親王の第一王子。 1758年生まれ。 光格天皇の兄にあたる。 幼い頃に第116代天皇・桃園天皇の養子(猶子)になり、 親王の地位に。 1818年死去。 |
第119代 光格天皇 在位: 1779-1817 |
皇族断絶を救った、閑院宮輩出の天皇。 1771年生まれ。 第118天皇・後桃園天皇が皇子を残さず 22歳で早世した中、皇統移動が起こり、 数え年9歳で新たな天皇に。 そこから38年間天皇を務めた。 1840年死去。 |
4代目世代
閑院宮4代目 孝仁親王 (たつひとしんのう) |
3代目・美仁親王の第一王子。 1792年生まれ。 1804年に光格天皇の養子(猶子)となり、 翌年に親王の地位に。 1824年死去。 |
吉子 (ちかこ) 実質的な6代目 |
孝仁親王の妻。 5代目の息子が25歳で亡くなったのち、 実質的な6代目当主として30年間に渡り、 閑院宮家を守って来た。 その後、伏見宮から迎えた幼い男児を6代目に据える。 |
5代目世代
閑院宮5代目 愛仁親王 |
孝仁親王の子。 親戚の淑子内親王(120代仁孝天皇の娘) との結婚を控えていた中、25歳で早世。 [その後] 閑院宮が存続の危機を迎えた中、 5代目の母が、実質的な当主として30年家を守る。 その後、1870年代に入り、 伏見宮から6代目を迎える事になり家系が存続。 |
伏見宮20代目 邦家親王 |
閑院宮6代目・戴仁親王の父 |
6代目世代
閑院宮6代目 戴仁親王 (養子) 伏見宮家出身 |
1865年生まれ。 閑院宮5代目が見込んで早世した中、 同じく世襲親王家の伏見宮家から 閑院宮6代目として迎えられ、 1872年に数え年8歳で閑院宮を継承。 1945年死去。 |
智恵子 三条家出身 |
戴仁親王の妻 |
7代目世代(ここで断絶)
閑院宮7代目 春仁親王 皇籍離脱後の名 閑院春仁 ↓改名 閑院純仁 (かんいんすみひと) |
6代目・戴仁親王の第2王子。 1902年生まれ。 1945年に父が亡くなってから短期間当主を務める。 1947年に皇籍を離脱し、一般人に。 そこからは「閑院純仁」を名乗るように。 (皇籍離脱時点の名前は閑院春仁) 一般人となってから春日興業を設立し社長就任。 ビジネスマンとして活躍。 小田原に定住し、1988年死去。 |
閑院宮家のわかりやすい家系図(世襲親王家)

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世襲親王家[4親王家]
有栖川宮家
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*伏見宮/閑院宮も4親王家の一角
■近代・現代の皇族/旧皇族
明治天皇(15人の子供一覧)
大正天皇
昭和天皇(兄弟/7人の子供一覧)
香淳皇后(昭和天皇の妻)
英照皇太后(孝明天皇の正妻)
昭憲皇太后(明治天皇正妻)
貞明皇后(九条節子/大正天皇妃)
高円宮家
三笠宮家(ヒゲの殿下/彬子女王等)
旧秩父宮家(新選組と深い関係)
旧高松宮家(徳川慶喜に関連)
九条家(五摂家/2人の皇后を輩出)
一条家(五摂家)
正田家(美智子さま父方)
副島家(美智子さま母方)
小和田家(雅子さま父方家系)
江頭家(雅子さま母方/皇族軍人とゆかり)
川嶋家(紀子さま)
高木家/入江家(百合子さま)
津軽家(華子さま)
鳥取家(久子さま/伊藤蘭と遠縁)
麻生家(信子さま)
正親町雅子(孝明天皇生母/仁孝天皇側室)
中山慶子(明治天皇生母/孝明天皇側室)
柳原愛子(大正天皇生母/明治天皇側室)
入江相政侍従長(昭和天皇はとこ)
黒田家(黒田慶樹さん)
小室家(小室圭/佳代さん)
千家家(国麿/典子様夫)
守谷慧(絢子さま夫)
島津久永("おスタちゃん"清宮貴子さま夫)
■古代人物の家系図
初代・神武天皇(アマテラスとの続柄)
継体天皇(最も謎多き天皇)
聖徳太子/推古天皇
天智天皇(中大兄皇子)
藤原(中臣)鎌足 藤原氏の起源
高市皇子
光明皇后(光明子)
■光る君へ関連人物の家系図
藤原兼家(道隆/道長/道兼の父) 段田
藤原道隆/皇后定子(清少納言派閥)
藤原道長/中宮彰子(紫式部派閥)
藤原道兼 玉置玲央
紫式部/藤原為時(吉高/岸谷)
清少納言(ウイカ)
藤原賢子/大弐三位(紫式部娘)
赤染衛門 凰稀かなめ
和泉式部 泉里香
藤原道綱母(蜻蛉日記作者)
村上/円融/一条天皇
冷泉/花山/三条天皇
陰陽師・安倍晴明 ユースケ
源倫子(=黒木華)
藤原実資(ロバート秋山)
源雅信(倫子の父/益岡徹)
藤原頼道(道長の長男)
源重信(鈴木隆仁)
■光る君へ/四納言
藤原斉信/為光(斉信役=はんにゃ金田)
藤原伊尹/行成(行成役=渡辺大知)
藤原実頼/公任(公任役=町田啓太)
源高明/源俊賢(俊賢役=源俊賢)
■光る君へ関連の年表
(時系列で細かい関係性がわかる)
紫式部/藤原道長の人生比較年表
紫式部/清少納言の人生比較比較
定子/彰子の人生比較年表
源倫子/源明子の人生年表(道長正妻/妾)
藤原三兄弟(道隆/道兼/道長)人生年表
四納言の人生比較年表
■登場人物の和歌一覧/現代語訳
紫式部による和歌一覧
清少納言による和歌一覧
藤原道長による和歌一覧
定子の和歌(清少納言教え子)
彰子の和歌(紫式部の教え子)
一条天皇の和歌一覧
藤原賢子(大弐三位/紫式部の娘)
和泉式部
■その他平安時代の家系図
藤原冬嗣(道長/紫式部の共通祖先)
藤原時平
在原業平(伊勢物語主人公モデル)
紀貫之/紀友則
後鳥羽天皇/上皇
藤原定家/御子左家
■鎌倉時代-江戸時代
九条道家(鎌倉4代&5代目将軍父)
源頼朝
南北朝時代の北朝天皇家系図
豊臣兄弟(秀吉/秀長)
天璋院篤姫/和宮
徳川宗家(徳川家広)/16-19代目
公爵・徳川慶喜家(徳川分家)
東山天皇(令和天皇直系祖先)
孝明天皇
■特定氏族全体の家系図
藤原氏/北家全体の家系図
藤原南家(武智麻呂が祖)
藤原式家/藤原宇合
藤原京家
奥州藤原氏
五摂家(摂関家)
菅原氏(菅原道真の子孫/祖先)
蘇我氏/本家の家系図
清和源氏(源経基が祖)
宇多源氏
足利氏その1(起源から尊氏まで)
足利氏その2(室町幕府歴代将軍)
大江氏(大枝氏)
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