太宰治とのゆかりが深い事で知られる山梨出身の作家、檀一雄さんの生涯を年表形式で分かりやすく紹介。
参考文献
山梨県立文学館公式サイト
檀一雄の基本プロフィール
出身 | 山梨県 |
生年 | 1912年 |
没年 | 1976年 |
代表作 |
火宅の人 長恨歌 真説石川五右衛門 リツ子・その愛 リツ子・その死 |
檀一雄の家系データ |
前妻=律子(戦後すぐの時期に病死) 後妻=檀ヨソ子 [前妻との子] 長男=檀太郎(1943年生/エッセイストetc) 長男の妻=晴子(1943年生) [後妻との子] 長女=檀ふみ(女優/エッセイスト/1954年) その他にも子供が存在 |
檀一雄/檀ふみの家系図
檀一雄の年表(人生/作品)
年 | 出来事 | 作品 |
1912年 | 山梨県都留市の 谷村地区で誕生 |
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幼少期 |
山梨で過ごす | |
大学時代 |
創作活動をスタート *この時期に少し年上の太宰治と知り合う |
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1936年 (24歳) |
太宰治と熱海で飲み明かしたのち 置き去りにされるという通称「熱海事件」発生 (自らを置き去りにした太宰に対して激怒) |
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1940年 前後の時期 |
この時期から長く創作活動休止 | |
1943年 |
初婚相手・律子との間に長男・太郎が誕生 | |
1946年 (34歳) |
律子が病死。 その後、長男と寂しく暮らしている中で ある作家から女性を紹介されて会う事になり、ヨソ子と再婚 *福岡市公式サイトによると この時期は福岡市西区の小田浜地区に住んでいた。 |
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1948年 | 太宰治を自殺で亡くす |
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1950年 (38歳) 復活 |
約10年の沈黙を破り、 病死した前妻をモデルとする2つの作品、 そして、「長恨歌」「真説石川五右衛門」を発表。 精力的に活動。 |
リツ子・その愛 リツ子・その死 長恨歌 真説石川五右衛門 |
1951年 |
「長恨歌」「真説石川五右衛門」の2作品で 第24回直木賞を受賞 |
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1954年 | 後妻・ヨソ子との間に長女・ふみが誕生。 |
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1955年 | 文芸雑誌「新潮」で「火宅の人」の連載が始まる。 (以降、断続的に約20年間連載が続く) |
「火宅の人」 (連載スタート) |
1972年 | 長女・ふみが高校在学中に女優デビュー |
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1975年 | 20年の歳月をかけ「火宅の人」が完結 |
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1976年 | 大作「火宅の人」を書きあげた約半年後に死去 |
火宅の人 (書き始めは1955年) |
[死後] 1986年 |
「火宅の人」が深作欣二により映画化されて高い評価を得る |
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