平安時代中期における政治の要人で、平等院鳳凰堂建立者としても有名な藤原頼道の家系図。
各世代の主要人物
2世代上
- 藤原兼家・・・・・祖父で道長の父
1世代上
- 藤原道長・・・・・・頼道の父。
頼道世代(主な人物)
彰子 | 988-1074 | 道長の娘。 宮中入りし一条天皇の后に。 宮中での教育係は紫式部などが務めた。 |
藤原頼道 |
992年生 1074年没 |
道長の長男。 道長の後継者で、1017年に父から摂政の座を譲り受ける。 具体的には妹・彰子の子供である ■後一条天皇 ■後朱雀天皇 そして自身の娘の夫(義理の息子)である ■後冷泉天皇 に代わり、政界で活躍。 1050年代にはもともと父・道長の別荘だった場所を回収し、 平等院(鳳凰堂)を建立。 その平等院の鳳凰堂は10円玉で有名。 |
藤原祇子 |
生没年不詳 |
頼道の妻。 頼道との間に5人以上の子供が誕生。 |
妍子 |
994-1027 | 道長の娘。 第67代天皇・三条天皇の后。 若くして死去 |
藤原教通 | 996-1075 | 道長の四男。 |
威子 |
1000-1036 | 道長の娘。 後一条天皇の后。 |
嬉子 |
1007-1025 | 道長の娘。 ご朱雀天皇の角。 そして後冷泉天皇の母。 若くして死去 |
頼道の1世代下
藤原師実 | 頼道/祇子の子。 |
寛子 |
頼道/祇子の子。 後冷冷天皇の后 |
後冷泉天皇 |
第70代天皇。 頼道の娘・寛子の夫。 母親は 頼道の妹である嬉子。 |
藤原頼道の家系図
天皇/貴族系の家系図メニュー
複雑な家系図/人物相関図を簡単にわかりやすく紹介。
歴史系の作品を読む/観る前の予備知識としてお役立てください。
■古代人物の家系図
聖徳太子/推古天皇
天智天皇(中大兄皇子)
藤原(中臣)鎌足 藤原氏の起源
光明皇后(光明子)
■光る君へ関連人物の家系図
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藤原道隆/皇后定子(清少納言派閥)
藤原道長/中宮彰子(紫式部派閥)
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紫式部/藤原為時(吉高/岸谷)
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和泉式部 泉里香
藤原道綱母(蜻蛉日記作者)
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冷泉/花山/三条天皇
陰陽師・安倍晴明 ユースケ
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藤原頼道(道長の長男)
源重信(鈴木隆仁)
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藤原斉信/為光(斉信役=はんにゃ金田)
藤原伊尹/行成(行成役=渡辺大知)
藤原実頼/公任(公任役=町田啓太)
源高明/源俊賢(俊賢役=源俊賢)
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(時系列で細かい関係性がわかる)
紫式部/藤原道長の人生比較年表
紫式部/清少納言の人生比較比較
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源倫子/源明子の人生年表(道長正妻/妾)
藤原三兄弟(道隆/道兼/道長)人生年表
四納言の人生比較年表
■登場人物の和歌一覧/現代語訳
紫式部による和歌一覧
清少納言による和歌一覧
藤原道長による和歌一覧
定子の和歌(清少納言教え子)
彰子の和歌(紫式部の教え子)
一条天皇の和歌一覧
藤原賢子(大弐三位/紫式部の娘)
和泉式部
■その他平安時代の家系図
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後鳥羽天皇/上皇
藤原定家/御子左家
■鎌倉時代以降の家系図
九条道家(鎌倉4代&5代目将軍父)
源頼朝
南北朝時代の北朝天皇家系図
豊臣兄弟(秀吉/秀長)
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徳川宗家(徳川家広)/16-19代目
公爵・徳川慶喜家(徳川分家)
竹田恒泰(明治天皇の玄孫)
孝明天皇
大正天皇(麻生太郎も義理の子孫)
高円宮家
■特定氏族全体の家系図
藤原氏/北家全体の家系図
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藤原式家/藤原宇合
藤原京家
奥州藤原氏
五摂家(摂関家)
菅原氏(菅原道真の子孫/祖先)
蘇我氏/本家の家系図
清和源氏(源経基が祖)
宇多源氏
足利氏その1(起源から尊氏まで)
足利氏その2(室町幕府歴代将軍)
大江氏(大枝氏)
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